経済安全保障と独占禁止法 経営者が知るべき「連携」の境界線

現代のビジネス環境は、一昔前には考えられなかったような複雑なリスクに満ちています。国家間の紛争やパンデミックによる重要物資の供給途絶、あるいは特定の国からの供給停止といった経済的威圧など、一社の努力だけでは対応が難しい課題が次々と現れています。こうした中で、自社の事業と日本の産業基盤を守る「経済安全保障」という考え方が、今や全ての経営者にとって無視できないテーマとなっています。

しかし、経済安全保障のために他社との連携を模索しようとしても、「ライバル企業と協力したら、独占禁止法に違反するのではないか?」という懸念が頭をよぎるかもしれません。実際に産業界からは、「漠然とした懸念などを理由に、企業間の対話を躊躇してしまう」という声も聞かれます。

ここでは、11月20日に公正取引委員会が公表した「経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方」及び「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」についてから、経済安全保障と独占禁止法の基本的な関係性や、具体的なケースにおける判断基準までを解説します。

「経済安全保障」と「独占禁止法」とは?

まず、二つの概念の基本的な目的を整理しておきましょう。

経済安全保障とは

経済安全保障とは、簡単に言えば、経済的な手段によって国の安全が脅かされる事態を防ぐための取り組みです。その目的は、「我が国の自律性、不可欠性を喪失するリスク」に対応することにあります。具体的には、以下のようなリスクを想定しています。

  • 重要物資の供給が途絶えるリスク
    国家間の紛争や自然災害、パンデミックなどによって、事業に不可欠な原材料や部品が手に入らなくなる事態。
  • 海外からの経済的圧力や技術移転の強要リスク
    特定の国から供給停止をちらつかされたり、取引を盾に重要な技術の提供を強要されたりする事態。
  • 他国からの過剰供給による国内産業の衰退リスク
    海外の国家的な補助金を受けた企業が不当に安い製品を大量に供給することで、国内の健全な企業が競争できなくなり、産業基盤そのものが失われる事態。

これらのリスクに対応するためには、サプライチェーンの見直しや、時には企業間での連携・再編が不可欠となります。

独占禁止法とは

一方、独占禁止法は、「公正かつ自由な競争を促進するため」の法律です特定の企業が市場を支配したり、企業同士が裏で結託して価格を吊り上げたりすることを防ぎ、最終的には「一般消費者の利益を確保すること」を目的としています。健全な競争があるからこそ、より良い製品やサービスが生まれ、適正な価格が維持されるのです。

二つの関係性

このように、「経済安全保障」がサプライチェーン強靱化などのために企業間の連携を求めるのに対し、「独占禁止法」は行き過ぎた連携による競争の阻害を監視します。このため、両者は一見すると相反するように見えるかもしれません。

では、具体的にどのような企業活動が独占禁止法の観点から問題となりうるのでしょうか。公表内容をもとに、代表的な3つのケースを見ていきましょう。

具体的な企業活動で見る「セーフ」と「アウト」の考え方

ここでは、中小企業経営者にとって身近な3つのテーマ(情報交換、共同調達、企業結合)を取り上げ、それぞれについて独占禁止法上の基本的な考え方を解説します。

ケース1:ライバル企業との「情報交換」

他社と連携を検討する際、最初のステップは情報交換です。しかし、交換する情報の内容には細心の注意が必要です。特に「価格・数量等の重要な競争手段である事項」を共有すると、価格カルテル(不当な取引制限)を形成していると疑われる可能性があります。なぜなら、価格や生産量は、企業が本来、顧客を獲得するために互いに競い合う最も重要な要素だからです。これらを他社と申し合わせることは、競争そのものを放棄する行為と見なされます。

以下の表で、具体的な2つの事例を比べてみましょう。

ケース状況独占禁止法上の考え方のポイント
問題ない可能性が高いケース海外企業から自社に買収提案があった事実を、同業他社と共有する・価格や生産量といった競争の根幹に関わる情報ではないため、通常は問題とならない。
・技術流出を防ぐという経済安全保障上の正当な目的がある。
注意が必要なケース将来の需要減少に備え、どのくらいの生産量を維持すべきか同業他社と話し合う・将来の生産数量という競争の根幹に関わる情報を共有している。
・情報交換によって、生産調整に関する暗黙の了解が生まれるとカルテルと見なされる恐れがある。
・実施する場合は、専門家を交えたクリーンチームの設置など、厳格な情報遮断措置が必要。
※競争関係にある事業に直接従事し又はその決定に関与していない内部者(非現業者)と外部アドバイザーをメンバーとして構成される組織体

ケース2:共同での「原材料調達」

「重要物資の供給が途絶えるリスク」に直接対応する動きです。海外からの原材料調達が途絶するリスクに備え、複数の企業で共同調達を行うケースも考えられます。この場合、状況によって考え方が異なります。

  • 緊急時(供給途絶が現実になった場合)

政府が「震災時と同程度の調達途絶が発生する蓋然性が客観的に高い」と判断した場合など、客観的に見て緊急性が高い状況下では、安定供給に必要な範囲であれば、調達数量などの情報を共有し共同調達することは、原則として問題となりません。ただし、供給不足が解消された後は、速やかに共同調達を終了する必要があります。

  • 平時(供給途絶リスクに備える場合)

共同調達に参加する企業の市場シェアが低い場合や、その原材料費が最終製品のコストに占める割合が低い場合などは、原則として問題となりません。ただし、共同調達への参加を他の事業者に強制するような行為や、特定の事業者を排除するような行為は問題となる可能性があります。

ケース3:生き残りをかけた「会社の合併・事業統合」

海外企業からの買収攻勢や過剰供給を背景に、国内の競争力を維持するために同業他社との合併や事業統合を検討するケースがあります。

このとき、「国内シェアが高くなると、すぐに独占禁止法違反になるのでは?」という疑問が浮かぶかもしれません。しかし、審査ではシェアの高さだけで判断されるわけではありません。合併後も健全な競争が維持されるかどうかが重要であり、その判断には以下の3つの「競争圧力」が考慮されます。これらの「圧力」は、合併後の企業が不当に価格を吊り上げようとしても、それを妨げる市場の力として機能します。審査では、これらの力が十分に働くかどうかが吟味されます。

  • 輸入圧力

海外から安価な製品が流入しており、合併後の会社が簡単に値上げできない状況。例えば公正取引委員会は、過去の事例(令和5年度の三井化学・旭化成の事業統合)で、国内シェアが高まる合併を認めています。その決め手となったのが、近年中国や韓国からの輸入が増加しており、安易な値上げができないという「輸入圧力」でした。

  • 需要者からの競争圧力

製品の購入者(電力会社などの大口顧客)の交渉力が非常に強く、売り手側が価格を自由にコントロールしにくい状況。これも実際の事例(令和5年度の三菱電機・三菱重工業の事業統合)で、需要者である電力会社が強い価格交渉力を持つことが、合併を認める一因となりました。

  • 隣接市場からの競争圧力

少し機能は違うものの、代替可能な製品(類似品)が存在する状況。たとえある製品で市場シェアが100%になっても、類似品への切り替えが進んでいることを理由に企業結合が認められた事例(令和4年度の古河電池の事業譲受)があります。

これらの競争圧力が十分に働くと認められれば、国内シェアが高くなったとしても、競争が維持されると判断されやすくなります。

ここまで具体的な事例を見てきましたが、最後に、経営者が常に心に留めておくべき基本原則を3つにまとめます。

独占禁止法に抵触しないための3つの基本原則

経済安全保障のための連携を進める上で、以下の3つの原則を常に念頭に置いてください。

  1. 目的の正当性を意識する 連携の目的は何か、常に自問してください。その目的が、技術流出の防止やサプライチェーンの強靱化といった経済安全保障上の正当なものであれば、独占禁止法上も問題ないと判断される可能性が高まります。逆に、目的が単に価格を維持したり、競争を避けたりすることであれば、それは違法なカルテルと見なされるリスクが極めて高くなります。
  2. 「価格・数量・顧客」の話は避ける 競争の根幹に関わるこれらの情報をライバル企業と共有・調整することは、カルテルの疑いを招く最も危険な行為です。もし事業再編などでどうしてもこれらの情報の共有が不可欠な場合は、必ず弁護士などの専門家に相談し、担当者を限定するなどの「情報遮断措置」を厳格に講じる必要があります。
  3. 迷ったら専門家に相談する 自社での判断に少しでも不安があれば、安易な自己判断は避けましょう。公正取引委員会は、事業者が具体的な行為を行う前に相談できる「事前相談制度」などの窓口を設けています。こうした公的な窓口を活用することで、安心して事業を進めることができます。

まとめ

経済安全保障という大きな課題に対応するため、企業間の連携や協力がこれまで以上に重要になっています。そして、その連携は独占禁止法のルールの範囲内で、正しく進めることが可能です。

独占禁止法は、企業の自由な活動を縛るための単なる「規制」ではありません。むしろ、公正な競争環境を守り、一部の不公正な行為によって健全な企業が市場から退出させられることを防ぐ、社会全体の持続的な成長を支えるためのインフラです。

このルールを正しく理解し、活用することで、自社の競争力を高め、ひいては日本の産業基盤の強化に貢献することができます。本稿で解説したルールを正しく理解し、戦略的な連携への一歩を踏み出すことをお勧めします。

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